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神戸ビエンナーレ2007 掃き清められた余白から


神戸新聞コラム「正平調」2007年11月8日より
 悲しくて、切なくもある。そんな感情を抱きしめながら、その場にそっと身を置きたい。まるで祈りを捧(ささ)げるような気持ちにもなった◆神戸で開催中の芸術祭「神戸ビエンナーレ」で、立体展示「掃き清められた余白から」を見た率直な印象である。宝塚市に住むアーティスト古巻和芳さんが、篠山市の陶芸家あさうみまゆみさん、神戸を拠点とする芸術集団「夜間工房」の協力で制作した作品である◆貨物輸送用コンテナの中に、四畳半の和室をしつらえた。化粧箪笥(だんす)が置かれ、ついさっきまで誰かがいたような気配が漂う。和室奥の暗い土間をのぞくと、家屋の残(ざん)骸(がい)を積み上げた純白のがれきが、照明に浮かび上がっている。その瞬間、その部屋が「震災」を表現していることに気付かされた◆ナチスによるスペイン爆撃への怒りに突き動かされ、ピカソは大作の「ゲルニカ」を描いた。激しい衝撃を受けると、人は何かを表現したくなる。自ら体験した震災をテーマに選んだ古巻さんも、同じような思いだろう◆あの大災害を狭いコンテナの中で表現する。無謀な挑戦にも思えるが、古巻さんたちは生活の場である古びた和室と、まるで塩の結晶のように白く美しいがれきの山とを対比させ、平和な日常を奪い去った大自然の暴力と喪失感を際立たせた◆時が過ぎ、震災の傷跡が薄れていっても、刻み込まれた記憶を「掃き清める」ことなど、できっこない。作者のそんな思いもひしひしと伝わる。十三年目の被災地が生み出した作品を前に、しばらく足が止まった。

撮影(3点とも)/田村和隆