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過去の写真

(2008 たけちゃん 「過去の写真」 A4)

・「turnstyle」に載っています。

(本文)

先輩のSさんが結婚するというのでSさんと僕との交流について思い起こしてみたのだが、どうしても過去のウエイトが大きい。彼が十数年来海外に行っていてほとんど会っていないからだ。
結婚式の2次会の幹事からスライドに使うから彼の昔の写真を探してほしいと頼まれたが、彼が写っている写真はほとんど出てこなかった。当時は何枚か撮ったのだがナルシストの彼は自分の写真を見るとすばやくアルバムから抜いて持っていってしまうのだった。だから僕の手元にはほとんど残っていない。
代わりにその頃に撮った他の人たちの写真がでてきた。せっかくなのでここに挙げることにする。

彼女は六甲にあった喫茶店「エクラン」のママだ。
彼女には3回だけ会った。
1回目はこの営業しているのかしていないのかわからない古い喫茶店の写真を撮ろうと思って初めて店に入った時。初めて会うのにいきなり「あなた、この間も来た人やね」と言われた。誰か他の人と間違えられたのだろう。店内の写真をひととおり撮ってなんとなく帰らずにいると冷蔵庫からサイダーを出してくれた。年を聞くと89才だった。そのまま、上がり座敷の端に腰掛けて長々と昔の話をしてくれた。
2回目はその店の2階で仲間と忘年会をした時。スキヤキだった。
3回目は阪神大震災の日。傾いた店のドアを開けて入ると、無茶苦茶になった店の中で、彼女は一人で上がり座敷に腰掛けて頭から毛布をかぶって茫然としていた。しかし彼女は普段から茫然としている風だったのでいつもとあまり変わらないようにも見えた。
2、3日後もう一度様子を見に行くと、彼女はいず、テーブルの上に大量のキャットフードが山のように積み上げられていた。
それ以来会っていないが今も生きていれば103才か104才になっているはずだ。

水木通りにあったこの喫茶店「あーすくわれ」は人の家のようだった。
薄暗い店内は実家の暗かった食堂を思い起こさせた。
客にコーヒーを出したあと店主である彼女もその辺の空いたテーブルに座って帳簿か何かつけていた。
無口なおじさんもいて、離れみたいな部屋に座って絵葉書とか売っていた。
写真を撮らしてください、というと
「じゃあ、口紅塗るわね」
といって口紅を塗ってきてくれた。おかげでいい写真が撮れた。

これも14年前の写真だ。
大学生の時、とある小劇団の写真係をしていた。団長も団員もほとんど大学生。当時はそんな小さい劇団が星の数ほどあった。
彼女はその団員の一人で、バイトをしながら夜間大学に通い、芸能プロダクションにも所属していた。僕と同じ年の彼女のそのバイタリティには圧倒された。
彼女は美人だったがとても小柄で、女優になるには小さすぎるような気がした。そのせいか、とてもよく食う人だった。公演の打ち上げの席などでひたすら食べているのをよく目にし、その旺盛な食欲にもまた圧倒された。沢山食べて大きくなろうとしていたのではないか。
劇団の仕事の合間に個人の売り込み用のポートレートを頼まれてよく撮った。いつもカメラを見る目がカメラを通り越してすごく遠くを見ていたのが印象的だった。