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2007年シーズン開幕に向けて

2007年03月26日 里山のくらし, 雲の切れ間から

「繭の家」は、2007年も公開されることになっています。
今シーズンは4月下旬から土日祝日にあけることになっています。
3月24日、25日とひさしぶりに現地を訪れました。

今年はとても雪が少ないです。
去年は4月下旬でも2階の窓から出入りしていましたが、今はご覧の通り、もう地肌が見えています。
今回の主眼は、3ヶ月ぶりの作品の状態チェックでしたが、なんと悲しいかな、ジオラマがネズミの巣になっていました。
また修復するために4月に出直しです。トホホ・・・
おまけに地震の影響で北陸線が運転見合わせとなり、東京経由で帰ることになってしまいました。

このように書くと散々なようですが、集落の方と久しぶりにお会いして、お酒も飲めたし、いつものように区長さんのお宅に泊めてもらって、お母さんの手料理もいただけたし、前の区長さんが植樹するための桑の苗を買ってきてくださったし、こへび隊だったO木さんが農舞台のスタッフとなって元気に働いている姿も見ることが出来て、楽しく過ごせた2日間でもありました。

直島 STANDARD 2

2007年03月18日 大地の芸術祭以外

「里山」を舞台とした大地の芸術祭に対して、「里海」を舞台として同様の取り組みをしているのが、言わずと知れた直島です。
むしろ直島の方が早くからの取り組みとなるでしょう。
空き家を利用した家プロジェクトの最初の作品「角屋」は1998年から始動しています。
実は、私も「繭の家」が動き出す前の2004年、家プロジェクトを見学しに直島を一度訪れています。
そして今回、その直島全体で5年ぶりに「スタンダード展」の第2回が開催されていると聞き、日帰りではありますが、見てきました。
とてもよい展覧会ですので、ここで紹介します。

「アートの日常化」がテーマの今展では、島内の至る所に作品が展開されていますが、中心となるのは古い街並みが残る本村地区です。
まずは圧巻だったのは、大竹伸朗の家作品です。
かつて歯医者だった家の1・2階全てが巨大な大竹作品(=あのスクラップブックのでかいやつ)に仕上がっています。
写真の細かいところを観察すれば、この作品の「大竹伸朗度」がよく分かると思います。
この外装のテクスチャーだけでも涙ものですが、室内もまぎれもなく大竹ペインティングが施され、本当にもう脱帽するしかありません。

室内の吹き抜けにはパチンコ屋の屋上にあったものを譲り受けたという自由の女神がどどーんと。
とにかく有無を言わさない作品でした。
光る仕掛けも施されているようで、夜見たかったです。

大竹伸朗と並んで今回の目玉とも言えるのが、日本画家の千住博の「滝」作品が展示されている「石橋」という家作品です。
和室のカラーの滝の連作もよかったですが、素晴らしかったのは土蔵の空間全体を使った大作です。
作品の質・量とも文句なしです。
床はなんと漆塗りで、滝を水面のように映しています。
まるで滝の轟音が聞こえてくるような迫力ある作品でした。
丸山応挙の大乗寺の作品もそうですが、ここでは伝統的な日本の絵画がインスタレーションとしての空間性を獲得しています。
千住氏の場合も、その辺の空間感覚は障壁画などを手がけているだけあって流石だと思いました。

この作品と大竹氏の作品は、家自体も建築家が入って、ものすごくきちんと整備されており、おそらく恒久作品として残されると思われます。

本村地区の住宅の玄関先には、加納容子によるのれん作品があちこちに掛けられていました。
これは5年前のスタンダード展の時に、アーティストが各戸の屋号にちなんで作成したものです。
私が前回この地区を訪れたのは2年半前でしたが、カフェやショップ、食堂もずいぶん増えているし、おじいさんやおばあさんが親しげに話しかけてくれたりと、「アートはよくわからない」と言われながらも、じんわりと地域に浸透しつつあるように思えました。

確か前回は農協の倉庫か何かだった空間が、妹島和世+西沢立衛/SANAAによって整備され、「本村ラウンジ&アーカイヴ」という名のスペースとして整備されていました。
ここはこの地区のインフォメーションセンター兼ショップというところです。
外国人の来場者もたくさん来ていました。

同じスペースの奥のほう。
とてもクールな空間です。
ちなみに直島の玄関口である「海の駅」ターミナルも彼らの設計です。

地区の信仰の中心である直島八幡神社の本殿には、彫刻家・上原三千代の猫の作品が。
ちなみにこの作品は、伝統的な仏像制作である木心乾漆という技法が用いられています。
猫作品は、全部で3体ありました。

本村地区以外にも、作品は点在していました。
島の北部は、三菱マテリアルの工場で占められているのですが、そこに至る道の途中の峠には、かつて同社の厚生施設としての床屋跡を利用して、三宅信太郎が「魚島潮坂蛸峠」という妙ちきりんな作品を展開してました。
何百という小さな蛸のぬいぐるみと、ちゃぶ台で野球のラジオ中継を聞きながらくつろぐ親父蛸の着ぐるみ。
意味不明で、ありえない島の歴史をねつ造しているみたいでしたが、クールな作品が多い今展の中では、どこか人の気持ちを弛緩させる心地よさがあってよかったです。
一緒に行った子ども達は、たいそう気に入って、家に帰ってから蛸のぬいぐるみを作りました。

今回は、日帰りという強行軍でしたが、ほぼ全ての作品は見ることは出来ました。
ここでは全部紹介できませんでしたが、島を散策、あるいはドライブしながらの作品鑑賞は、よい天候に恵まれたこともあって、気持ちよいものでした。
以前に見た作品もいくつか再訪しましたが、中でもジェームス・タレルの「南寺」は、いつ見ても刺激的で、全然飽きが来ないよい作品でした。
また、大地の芸術祭のこへび隊のように、若い学生ボランティアが各作品に配置され、さわやかに作品の説明をして下さったのも、よい印象を与えてくれました。
(彼ら彼女たちは、この島で合宿しているようです)

直島は関西からは車で3-4時間あれば行ける場所なので、大地の芸術祭に行けなかったという方は、是非見逃すことのないように。
とてもお勧めです。
会期は4月15日まで。入場料2000円、こども無料。
地中美術館もまわるのであれば、もちろん1泊することがベストではありますが・・・。

大阪アートカレイドスコープ 2

2007年03月10日 大地の芸術祭以外

今日は、アートカレイト”スコープの座談会を聞いてきました。
発言者は本展のプロデューサー北川氏、アーティストの西野達氏、それと芝川ビルのオーナーの芝川氏でした。

芝川ビルは、今回の作品展示ではかなり協力的でしたが、それもそのはず、実はあの名村造船所跡地のアートプロジェクトのスポンサーさんらしいです。
このようなスケールの大きな企業家がいらしゃるとは大阪もまだ捨てたもんじゃないです。

私自身、今まで地元でありながらこのプロジェクトを見たことがなかったので、今年の夏は是非見に行きたいです。
(確か、たけちゃんのお知り合いが関係していたんでしたっけ?)

西野さんは、横浜トリエンナーレのヴィラ會芳亭で有名な、ケルン在住の作家です。
ドイツやスコットランドなどでは、街灯や教会の屋根の飾りを仮設の部屋で囲んで、これらがインテリアのように部屋の中にあるユニークな作品を作っておられる方です。

中でも愛知県立美術館内で、美術館壁面に設置されたピカソの絵を囲んで作った部屋の作品は秀逸だと思います。

西野氏の話をきいていると、こうしたパブリックアート実現に際しては、現地の自治体も大変理解があるらしいです。
日本では、安全面の問題により、教会の塔や街灯の先にこのような仮設の小屋を設けることは難しいようですが、海外の当局者は、何かあったときのリスクよりも、よいアーティストが空間を手がけることによってもとある建造物等が注目を集め、再評価されることのほうが意義深いと考えるようです。

また、北川氏の話もなかなか興味深かったです。
現在、アートによる街づくりで世界の中で最も進んでいるのは、フランスのナントらしいですが、(自分でも調べてみましたが、文化立市を公約に当選した市長が、市の予算の実に11%を文化予算につぎ込んでおり、その甲斐あって現在はフランスの中で「最も住みたい町」に選ばれ、企業立地も増えている)現在、横浜や金沢、またアジア圏では上海、台北、シンガポールなど近年めざましい文化戦略を打ち出している都市がこぞってナント詣でをしているとか。
ところが、そのナントの主だった関係者は、実は最近越後妻有詣でをしているのだと、北川氏はちょっと自慢げに仰っていました。
なぜ、近年、アートは美術館から街や野外へ飛び出していくのかということについては、アートを美術館という袋小路に追いやったこの100年間の美術のあり方が完全に間違えていたとも。
それは科学が、現実世界との関係性において(数字を媒介として)成り立つように、アートとは、本来、世の中との関係の中において、(人の感性を得て)成立するもので、閉ざされた美術館やギャラリーで祭り上げてしまっては駄目で、このことが美術の持つ社会的な力を弱めてしまったと。
(この点については、ヴァレリーが「絵画も彫刻も、母たる建築が死んでしまった、捨て子である。」と述べているように、美術館は、ある意味で純粋な個別的芸術作品、芸術のための芸術作品の陳列場所になってしまっています。
つまり、襖絵はガラスケースの中よりも、寺院という社会的装置の中にあった方が本来の社会的な力を発揮できるということです。)

西野氏もドイツで個展をしたとき、オープニングパーティーには関係者が大勢やってくるのに翌日からは誰も来なくなる現状に幻滅し、もう画廊は使わず、街に出よう、しかもいつも分かり易い作品にしようと決心されたそうです。

さらに北川氏曰く、東京には情報と金は集まるが、中身がない。
大阪にはかなり魅力的な資源が残されている。
きっと、必ずや大阪は復活するだろうということで話を締めくくられました。
本当にそうなれば良いと思います。
ただ、上記の府庁本館のヴァリー二の作品について、「さる筋」から主催者に対してクレームがあったらしく、この空間で行われるはずだったパフォーマンスの場所が急遽変更になってしまいました。
ドイツの例を出すまでもなく、我々がまず戦うべき相手は、こういった輩なのでしょうか。

大阪アートカレイドスコープ 1

2007年03月06日 大地の芸術祭以外

「大大阪(だいおおさか)に会いたい」をテーマに、大阪アートカレイト”スコープが開催されています。
第4回となる今回は、あのF.北川氏をプロデューサー迎えての新展開です。
「だいおおさか」とは、大正末期頃、一時人口が東京を上回った大阪の謂いで、その名残である近代建築を巡りながらそこにアート作品を展開するというものです。
Fさんの発案だけあって、越後妻有の都市版という感じもしなくはないですね。
今日は、淀屋橋~本町~北浜~肥後橋~梅田と歩き回って、10地点を見てきました。
まずは淀屋橋の芝川ビルです。

前からこのビルの前はよく通りがかっていて、気になっていたのですが、ここが会場に選ばれていました。
入ってみると、いきなりエントランスの郵便受けに、少し不機嫌そうなこどもの石膏像がヤンキー座りをして出迎えてくれました。
作者は山崎龍一さん。タイトルは「怒っています」。

ビル内のトイレ(取り壊し中)にも、こどもが。タイトルは「近寄らないで」。
このほかにもビルの意外な場所にこうしたこどもが潜んでいました。
ちょっとひねくれた子どもですが、とても可愛い。
個人的には奈良美智の初期作品にも通じるものがありますが、私はこの作品の方が好きです。

このビルは1927年の建造で、女学校を卒業した「いとはん」が、洋裁・和裁、料理を学びに通う花嫁学校だったそうです。
今回は、ちょうどレストランに改装中の空間が作品展示に提供されており、そこには着物の端切れを用いたインスタレーション(石塚沙矢香/「いとはん」)などが展示されていました。

これは大阪証券取引所のホールにあるフェリチェ・ヴァリーニの作品。
ある一点から見ると、室内の模様が幾何学形を成します。

このほかにも、吹き抜けが気持ちいい船場ビル(淡路町)、壮麗なルネサンス空間の綿業会館(備後町)、ネオロマネスク様式のオフィスビルであるダイビル(中之島)など、建物はすごくよかったです。
ただ、今日見た中では先述の芝川ビルは作品に提供されたスペースが十分で作品とも響きあっていましたが、
他では建築が素晴らしすぎて、ちょっとアーティスト側に分が悪いかなという感じでした。

綿業会館。この空間で作品をみたかったです。

ダイビルのエレベーターホール。この横の「大阪名品喫茶・大大阪」が展示場所でした。
このビルは2009年に解体されるのですが、この喫茶店はそれまでの期間限定開業で、大阪の近代建築に関する本が置かれていました。

今日、最後に見たのがヨドバシカメラ西のナレッジキャピタル予定地の塀にあった作品群です。
これがとても面白かった。

この作品は屋外にある必要性は余り感じませんでしたが、道ばたで一人、笑いをこらえるのに必死でした。

以上、今日見た限りで感じたことは、都市の中枢部ではアートが画廊以外の場所で成立するのはなかなか大変だという事実です。
越後妻有では、使われなくなった古民家や、耕作されなくなった棚田などが作品の舞台となりましたが、都心ではそういう遊休地は少なく、土地やビル内のスペースは、くまなく金額換算され、アートに使う以前に他に有効活用されてしまうのが通常です。
芝川ビルは、たまたま改装予定だったフロアを改装延期してれたそうですが、よほど理解のあるオーナーに恵まれない限り、良い場所はおさえられないなあと思いました。
調整に当たった関係者の方々のご苦労もさぞや大変だったことでしょう。
でも、近代建築を使うというこの路線、定着させて欲しいような気がします。
もっと他にも魅力的な場所が、この町にはありそうなので。
また、神戸でもそのようなことをやるべきではないでしょうか。